Happy Birthday!

written by 桜様

ストーリーやデートのネタバレはありません!

「ハク、今欲しいものある?」 「急にどうした?」 「え!あ、別に、ちょっと聞きたくて。」 近くのカレンダーを見たハクは、どうやら私の質問の意図に気付いたらしい。言いかけた言葉を遮るように、私は慌てて言葉を続けた。 「何でもいい、は無しだからね!」 「分かった。なら、7月29日、その日お前の1日を俺にくれ。」 「え?」 「その日1日、お前と過ごしたい。」 「それって欲しいものに入らないよ。」 「俺が今一番欲しいものに変わりはない。」 どうやらこれ以上の望みは出ないらしい。私はもちろんそのつもりだったが、分かったと返事をした。確かにここしばらくお互い忙しかった。そのため、丸1日一緒に過ごすのは久しぶりな感じがする。 「どこか行きたいとこでもあるの?」 「そうだな…。」 少し考える様子を見せたハク。反応を見るにそこまで希望はないらしい。そこで私はこんな提案をしてみた。 「じゃあ、その日のプラン私が考える!ハクに最高の1日をプレゼントする!」 「分かった。楽しみにしてる。」 そしてハクの誕生日当日。彼と過ごす特別な日を最高のものにするため、私は少し前からいろいろと頭を悩ませていた。そして今年は外で過ごす誕生日という方向で進めることにした。 「待ったか?」 待ち合わせていた公園にやってきたハクは急いで来たのか、額に汗が滲んでいた。 「全然待ってないよ!大丈夫。」 私はハクの顔を見ると、改めて言葉を続ける。 「ハク、お誕生日おめでとう。」 「ありがとう。」 嬉しそうに笑う姿に私も幸せな気分になる。 「今日はどこに行くんだ?」 そう尋ねるハクに私は満面の笑みで返す。これから行く場所は全部ハクには内緒。サプライズを存分に楽しんでもらうための私の作戦だ。 「今日は絶対に忘れられない日にしてみせるから!」 「楽しみにしてる。」 意気揚々と宣言した私にハクは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにそれは笑みに変わった。私はハクの手を引くと最初の目的地に向かうべくバスへと乗り込んだ。 最初の目的地は一面の黄色が広がる向日葵畑だ。バスから徐々に見える黄色い光景に私の方がついはしゃいでしまう。 「ハク見て!」 「ああ、そうだな。あれは向日葵畑か?」 「そう。夏と言えば、の場所でしょ?」 笑ってハクにそう告げた。バスを降りると私はカバンからあるものを取り出した。 「カメラ?」 「そう!インスタントカメラなの。最近流行ってるんだよ。」 私が今回持ってきたのは撮れる枚数が決まっていて、味のある写真が撮れるインスタントカメラだった。 「よし、じゃあ写真撮るよ!」 「俺だけか?」 「だって2人で撮るの難しいし…。」 「それでも俺はお前と写っている写真がいい。誰かいたら撮ってもらおう。」 ハクはそう言うと私の手を取り向日葵の中を歩き始めた。 「向日葵見ると夏が来た!って感じするよね。」 「そうだな。お前はここへ来たことあったのか?」 「ううん。前に雑誌で見かけて来たいと思ってたんだ。」 「そうか。なら、」 ハクは私が手を繋いでいる方とは反対側の手に持っていたカメラを取った。そして、レンズを私に向ける。その一連の動きを見た私は慌てて彼を止めた。 「ダメだよ。枚数限られてるのに。」 「来てみたかったんだろ?」 「でも、そのカメラは、ハクとの誕生日の思い出を残したいの。」 「だったら尚更、お前が写っている方がいい。」 結局、そう言いくるめられ私はハクに1枚写真を撮ってもらった。 その後、しばらく歩いているとカメラを持った男性に声をかけられた。 「こんにちは。こちらへは初めてお越しですか?」 「はい。」 「ここの向日葵畑、すごく穴場スポットなんですよね。あ!よかったらお写真お取りしましょうか?」 「いいんですか?」 「はい。私、普段はカップルフォトやウェディング写真を専門に撮ってるんです。任せてください!とびっきりの1枚をお撮りしますから。」 自信満々にそう告げた男性。カップルフォトという言葉に動揺した私は隣のハクをそっと見た。すると、意外にも彼は嬉しそうな表情を浮かべていた。 「じゃあ、始めましょう。彼氏さん、彼女さんを抱っこできますか?」 「はい。」 「よし。あ、お姫様抱っこじゃなくて、持ち上げる感じで。彼女さんが見下ろす感じになるように。彼女さんは彼氏さんを見下ろして、肩に手を置いてください。」 「分かりました。」 ハクはあっさり承諾すると、私をふわりと持ち上げた。彼の琥珀の瞳が私を映す。背景の向日葵が縁取る輪郭はとても柔らかく、私は目が離せなかった。 カシャッ シャッター音でふと我に返る。音の方向を見ると満面の笑みを浮かべた男性がグッジョブと親指を上げていた。 「いい写真が取れました!インスタントカメラも味が出ていいですね。じゃあ、もう1枚いきましょう。今度は彼女さん下ろして、これを持ってください。あ、持つのは彼女さんのほうがいいですかね。」 私の待ったも聞かず、男性は1輪の向日葵を手渡した。 「それを顔の横に、それでもう少し顔を近づけてください。」 彼の指示に、ハクが私の方へと顔を寄せた。先ほどとは逆に見下ろされる形になり、これはこれで恥ずかしい。 「OKです。じゃあ、撮りますねー。」 そう言った男性の声を聞きつつ、ハクが私に問いかけてきた。 「緊張してるのか?」 「だって、いきなり、か、カップルフォトなんて…。」 「誰かに撮ってもらうつもりだったんだから、よかったじゃないか。」 「それはそうだけど。ハク、こういうの苦手なんじゃと思って。」 「お前と撮るのなら、悪くない。」 「なっ…!」 「はーいOKです。ありがとうございました!」 その後、私たちは男性にお礼を告げ、バス停へと向かった。 「向日葵畑は堪能できたか?」 「うん!って、ハクに喜んで欲しかったんだけど。」 「俺も楽しかったよ。」 帽子にかかった私の髪を直しながらハクがそう言った。 「よし!じゃあ次は、お腹減ってない?」 「確かにもうすぐ昼時だな。」 「お昼ごはん食べに行こう。」 次に私が連れてきたのは、夏の風物詩・そうめん流しだった。市内からそう遠くない場所で行けるところを以前見つけていたのだ。珍しいものを見るかのようなハクの様子に、私は思わず質問した。 「もしかして、そうめん流し初めて?」 「ああ。」 「じゃあ、私が教えてあげる。」 席に着き、つゆが入ったお椀とお箸を持って、流し台をじっと見る。流れてきたそうめんを掬い上げ、お椀の中へと入れた。 「では、本日そうめん流し初体験のハクさん、どうぞ。」 ハクは頷くと真剣な目をして流し台と向き合った。その身構える様子があまりにも真剣で、私はシャッターチャンスとばかりにカメラを構えた。そして、流れてきたそうめんを掬ったハクは嬉し気にこちらを向いた。その顔があまりにも無邪気で、私は反射的にシャッターを押した。 「ふふ、いい写真が撮れた。」 私がそう言うと、ハクはカメラを取り上げ反対側へと置いた。 「早く食べろ。さっきから腹が鳴ってるぞ。」 「そんなことないもん!」 私の反抗する姿が面白いらしいハクは楽し気に笑っていた。しばらく、そうめんと向き合い掬っては啜るを繰り返していたが、私はふとこんなことを聞いてみた。 「今日、サプライズと思って私がいろいろ計画してるけど、ハクもしかて行きたいとこあったりした?して欲しいこととか…。あ、私と一緒ならどこでもいいとかいう感想は無しだよ。」 先回りしてそう言った私にハクは口を噤む。少し考える素振りを見せた後、そういえばと何かを思い出したような顔をした。 「何か思いついた?」 「ああ。でもそれは後でいい。先にお前の用意してくれた予定を楽しもう。」 そう言われれば、私も反論できない。分かったとだけ返し、次の場所へと向かった。 「ハク、お待たせ。」 「…。」 「もう、何か言ってよ。」 「すごくよく似合ってる。」 「ハクもよく似合ってるよ。」 私たちが次にやってきたのは浴衣をレンタルできるお店だった。夏といえば浴衣でしょ、と考えた私は残り半日を浴衣で過ごせば特別な日になるのではと思ったのだ。 そして、想像以上にハクは浴衣がよく似合っていた。 (なんかこれじゃ私がひたすら喜ぶ1日になってる気が…。) 「夏っぽくていいな。」 「ほんとに!?」 「ああ。」 「実はこの後近くで花火が上がるんだ。だから一緒に見ようね。」 「楽しみだな。夜までまだ時間があるがどうする?」 ハクのその言葉に私は待ってましたと言わんばかりにカメラを取り出した。 「まだたくさんフィルム余ってるし、写真撮りに行こう。浴衣着せてもらった時にお勧めの場所教えてもらったんだ。」 カラン、コロン 心地いい下駄の音を響かせながら石畳の道をゆっくり歩く。もう7月の下旬、だいぶ暑くなっていたがすぐそばを流れている小川のおかげかそこまで熱気は強くなかった。写真を撮ったり撮られたりしながら、私たちは目的地であるお寺へと歩みを進めていく。30分ほど歩いたところで涼やかな音が耳に入り始めた。 「あ、あそこかな。」 目を向けた先にはたくさんの風鈴が飾られたお寺があった。風に揺られて綺麗な音を響かせている。 「綺麗な音だね…。私も家の窓に風鈴飾ろうかな。」 「欲しかったのか?」 「うん。可愛いし、夏でも涼しくなりそうでしょ。それに、」 「それに?」 「あ、風が吹けばハクが近くにいるみたいだから…。音が鳴るたびにそう思えるのいいなと思って。」 私の顔は今、真っ赤になっていることであろう。自分で言ったものの、恥ずかしくてハクの顔を見られない。下を向いていると、身体がそっと引き寄せられた。ハクの顎が優しく私の頭の上に載せられる。その瞬間、爽やかな風が辺りを駆け抜け風鈴を鳴らした。 「ハ、ハク?」 「俺はいつでもお前のそばにいる。」 「うん。」 「俺は、お前のことが…」 「?」 小さく呟かれたハクの言葉は風鈴の音にかき消されてしまった。もう一度尋ねようとしたが、そっと重ねられた唇に遮られる。触れるだけの優しいキスはすぐに離れてしまった。物足りないと思ったのも束の間、ここが外であることを思い出し私はさらに顔を赤くした。ハクの頬もほんのり赤く染まっている。そして、その顔には隠し切れない喜びが浮かんでいた。 風鈴の鳴る中での特別な瞬間は、心に強く刻まれる記憶となった。 その後、甘味処で時間を潰した私たちは花火を見るために川沿いの土手へとやってきた。どうやら浴衣店の人が教えてくれたこの場所は穴場のようで、私たち以外誰もいない。薄暗くなり始めた土手に腰を下ろし、花火が上がるのを待つことにした。 「ハク、さっきお昼の時に思いついたことって何?」 思い出したように聞いた私にハクはゆっくり口を開いた。 「バースデーソングを歌って欲しい。」 「え、そんなこと?」 「ああ。」 あまりにも簡単な彼のお願いに私は少し驚いた。 「今?」 「ああ、そうだ。」 「ケーキも何も無いけど…。」 「お前が歌ってくれるということが重要なんだ。歌ってくれ。聞きたい。」 コクリと頷くと私はバースデーソングを歌い始めた。 「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー♪」 歌いながら隣の彼を見れば目を閉じて私の歌を聞いていた。 「ハッピバースデー、ディアハク。ハッピバースデートゥーユー♪」 歌い終わると同時に彼の横顔にそっとキスをしてみた。身体が先に動いた結果だった。目を開いたハクは顔を真っ赤にしてこちらを向いた。 「あの、誕生日のお祝い、ってことで…。」 「ありがとう。嬉しかった…。」 後先考えず行動してしまうこの癖はいつか直さなくてはと思っていると、大きな音が鳴った。そちらに視線を向ければ暗くなった空に大輪の花が咲いている。花火が始まったようだ。 「綺麗!」 「そうだな。」 次々と上がる綺麗な花火を2人揃って見上げる。いつの間にか私の手にハクの手が重ねられており、ギュッと包み込まれる。 「今日はハクに喜んでもらおうと思ってたけど、私の方が楽しい思い出をもらっちゃった。」 「そんなことはない。俺も1日お前と過ごせて楽しかった。楽しい誕生日をありがとう。」 「よかった。」 花火が終わりゆっくりと散策をした私たちは、ようやく家への帰路についた。途中ケーキを買い、ハクの家へと一緒に帰る。お茶の準備をしながら、私はふと昼間のお寺での出来事を思い出した。 「ねえ、ハク。」 「どうした?」 「今日、風鈴のお寺で何を言いかけていたの?」 ハクはふっと笑うと私の目の前へとやってくる。持っていたカップを取り上げてテーブルに置くと私のことを抱きしめた。そして、先ほどと同じように頭の上に顎を載せる。 「俺はお前の事が、好きだ。世界中の誰よりも。」 そっと囁かれた甘い言葉に体温が急上昇する。 「ハク…。」 「もう少し、こうしていたい。いいか?」 小さく頷けば、ハクの腕の力が強くなる。甘えてくるような彼が少し珍しく、私はそっと背中に手を回した。そっと彼の胸に耳を向ければトクトクと心音が聞こえてくる。確かにここにいると感じさせてくれる音にしばし耳を傾けた。 10分ほどそうしていただろうか。身体を離したハクは「悪い」と呟いた。 「謝らなくていいけど珍しいね。」 「お前とこうして一緒に過ごすの久しぶりだなと思って。離れがたかった。」 「寂しかった?」 「…そうだな。お前は?」 「私だって、寂しかったよ。」 「そうか。」 ハクと過ごす時間はいつだって離れがたい。彼の仕事はいつだって危険と隣り合わせだから。私の感情を読み取ったのか、ハクは手を引くとソファーへと座らせた。 「ハク、ケーキが…」 「後で食べよう。今は、お前とこうしていたい。」 「1日中私といたのに飽きないの?」 「会えば会うほど離れたくなくなるよ。」 どうして彼はこんな言葉を恥ずかしげもなく告げられるのか。 「私だって、いつもそう思ってるよ!」 「以心伝心、だな。」 私の言葉にハクはコツンと額を合わせて満足げに笑った。そっと目を閉じれば優しいキスが落とされる。 「お前と誕生日を過ごせて幸せだ。」 「私も。」 そう呟いて私から彼に再びキスをした。 「今日は、随分積極的だな…。」 「だって、今日は誕生日だもん。それに、」 「それに?」 「ハクとこうしてるの久しぶりだから、まだ足りないと思って。」 言葉を紡ぐと同時に唇が塞がれる。唇が離れると、次は耳元に口を寄せられ、低い声でそっと囁かれた。 「あと、どれくらいで足りる?」 耳元で響く、甘く優しい声に私は胸の高鳴りが止まらない。ドキドキしながら何も言えないでいると、再び囁かれる。 「何も言わないのなら、俺が満足するまでになるぞ。」 「…いいよ。ハクが満足するまでで。」 「そうか。」 ハクが笑ったのを感じた瞬間、先ほどよりも深く口付けられた。 どうやら誕生日ケーキを食べるのは明日になりそうだ。こっそり準備したプレゼントと手紙を渡すのも。 後日、私の部屋には例のお寺の風鈴が、そして彼の部屋には色違いのお揃いのカップとたくさんの写真が飾られていた。

ハクHappyBirthday!!!!!! 2人で一緒に過ごす誕生日のお話を書いてみました。 いつも大きな愛を向けてくれる先輩が大好きです! 素敵な企画へ参加できてよかったです。ありがとうございました♡